地下2階には奴がいた

不定期更新ですのよ

頭の中で柴田理恵を泣かせるな

小さい頃、脳内にナレーションとスタジオがあった話。

 

親に理不尽な事で怒られた時とか、風呂場ですっ転んだ時とか、そういう時に決まって頭の中にナレーターのおじさんが出てきた。

 

「彼の壮絶な人生はいつまで続くのか……」

 

みたいな事をとてもいい声で言ってた。

 

「彼が一体何をしたというのか……」

 

とかね。お前が怒られることをしたんだよ。

 

その後にきまって頭の中でスタジオにシーンが移る。

 

あー……っていう僕を憐れむ声。

そして、

柴田理恵が号泣してる。

 

いっっっっつも

 

柴田理恵が号泣してる。

 

大人になって(大人が何かって話は今はさておき)考えると、やっぱり小さい頃の僕は常に被害者でいたかったんだろうなあって思う。

 

今はナレーターも柴田理恵も出てこない。

 

被害者でいる事は簡単。

だけどやっぱり、こういう事をされました!って声を荒らげるんじゃなくて、こうしたからこうなったって冷静に考えられるようになれたらいいなって、思うようになった。

 

今の僕は冷静な考えができてる訳ではなくて、ただただナレーターと柴田理恵が出てこないだけ。

 

柴田理恵を泣かせない人間になりたい。

 

おわり

諦めの初投稿

ブログを始めました。

よろしくお願いします。

 

「始めました」とは言ってもネット上には僕の「ブログはじめました」って記事が山のように転がってると思います。

ごめんなさい様々なブログサイトの管理人さん方、不法投棄です。

 

モチベの消失により何度も不法投棄を繰り返しました。今ちょうど執行猶予中ですね。

モチベーションが無くなる時、必ずと言っていいほど頭に浮かぶ考えがあって、それは「消費されたくない」って言葉です。

ブログに限らず、TwitterYouTube、そういった物ってどんどん消費されていくじゃないですか。

飽きたら別のもの見られて、また飽きたら別のものに移ってって、僕の価値ってどんどん薄くなって、なくなってくと思ってるんですよ。

僕というコンテンツが消費されていくって感じ。

 

そんな僕がどうしてブログを性懲りもなく書き始めたかと言うと、消費から逃れられなくなったからです。

ついこの前の話なんですけど、勤務先が、知名度向上の為にYouTubeチャンネルを開設したんです。

そのチャンネルに公開する動画を撮って、顔も名前も世界に向けて発信されて、もう僕は立派な被消費者の一員になってしまったんです。

 

ここまで来たら別に消費されても良いかと思ったので、またブログを始めました。

消費されずに消費するってのは、僕みたいに不器用な人には到底無理な芸当なのかも知れません。

 

なのでこれは諦めのブログです。

 

現に泣きながら書いてます。

 

逃げられなかった。

 

悔しい。

 

このブログで書きたいことや書こうと思ってる事に関しては特にないです。

 

諦めのブログですので。

 

おわり